「何かめでたいこと」 一年の終わりと始まりに

檀家の人が、和尚さまを訪ねてきました。
「何かめでたいこと、良いお話しをしてください。」と頼みました。
和尚さまが、
「そうかめでたい話しか。親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ。」
檀家の人は、
「とんでもありません。縁起でもない。その反対の話しをお願いします。」
「そうか、反対の話し、とな。孫死ぬ、子死ぬ、親死ぬ。どうじゃ。」
檀家の人は、はっとして悟った。
一休さんのお話だったかもと思いますが、「めでたいお話し」で思い出しています。

カトリック信者としても、如何ですか?
「スルメ」のように噛むほどに、味のあるお話しです。
始めに終わりを、目的地を確認しましょう。

「目出度さもちゅう位なりおらが春」小林一茶、五九歳の作と聞いています。
年頭を「言祝ぐ」(ことほぐ)良い句と受けとめてしています。

yukigesiki2016
– 修道院と神居教会の木々の立つ中庭より –