神居の風

社会的罪と私の責任

「罪とは何か、わからない」という人がいます。また「教会で、罪人と呼ばれるのが、嫌いだ」という人もいます。罪がわからないということは、まだキリストと出会っていないこと、聖霊を知らないということです。人はキリストの人格に触れ …

馬と犬のお話し「神の瞳に映った私を観る」

フト目を上げると、馬の姿がありました。お庭の柵に沿って見つめていると、馬がやってきました。長い鼻面が迫ってきました。恐れずに見ると、馬の目の瞳の中に自分の姿が映っているではありませんか!神の愛をイメージさせる言葉が思い浮 …

偉い人になるわよ “an important person”

私の子供時代3月10日は、陸軍記念日で祭日でした。その日に急病になって入院しました。高熱を出して、親を慌てさせ、救急車のない時代でしたから、おじさんに背をわれて病院に行きました。すると高熱が消えて、元気になり、人騒がせな …

神の語られる現代語は - Encounters and Events –

東京新宿区下落合に聖母病院があります。私は20代の初めのころに、健康診断で行きました。レントゲン撮影をするようにと言われて、X線室に行くと、女性の技師がおられました。胸部写真の後、このY先生は私の股関節の障がいをみて、こ …

お祈りって何でしょう? ― 仰ぎ見る人 ―

お祈りって何でしょう? ― 仰ぎ見る人 ― 人間一人ひとりに自分のお祈りが備わってきます。「見よう見まね」(見よう見真似)から始まって、お祈りも個性的人格的になると考えます。自分がどのように祈っているのか、振り返って見て …

旅は道ずれ、世は情け

旅は道ずれ、世は情け 「旅人と我が名呼ばれん初時雨」(芭蕉) 人生は旅と言われています。ある日、人間として生まれ、親と出会います。人生街道の道で出会う困難、失敗、挫折、孤独の中で、人の世の情けを知ります。自分の弱さを覚え …

神 の 愛 No.10

すべてのものは神の存在と働きを示しています。つまり「神は愛」であることを語りかけているのです。特にキリスト・イエスさまの誕生からはじまるご生涯と、言葉と関わりが「神は愛」であることを教えています。主イエスを知るならば、神 …

神の私への愛 - for the conversion -No.7

人は罪について、頭では理解できます。罪のゆるしと救いについても同様です。知識として、キリストが私の罪のために、死をもってあがなってくださったことも、知ってはいます。 問題は、自分の罪を私が自覚できるか、どうかです。同じく …

神の私への愛 - God’s love for me -No.6

シスタ-A.R.から、ジョ-ジ・ハ-バ-トの「Love」という詩をもらいました。 愛が私に「ようこそ」と言った。 だが、魂はたじろいで、ちらと罪と汚れを思った。しかし、目ざとい愛は、入ってきた時から私がためらっているのを …

神の私への愛 - God’s love for me -No.5

「病院生活一年は、大学生活三年に匹敵する」という人がいます。「それぞれの生涯学習」という記事のなかで述べておられる作家の遠藤周作氏です。 病院生活の経験がある人には、わかりやすい言葉ではないでしょうか。病気で休学や休職す …

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