先日NHKのテレビで、ビートルズ来日60周年の番組を放送していました。ビートルズが流行ったのはわたしが高校生の時で、映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」(英語A Hard Day’s Night)を映画館に観に行った覚えがあります。あの頃からもう60年も経っているのです。お笑い番組の「笑点」も今年60年だそうです。ビートルズの来日は映画から2年後の1966年(昭和41年)でした。ビートルズの来日からもう60年経ったと考えていたら、わたしが〔司祭になりたい〕と初めて考えたのはその同じ年の1966年6月9日でした。6月はわたしの人生にとって大事なことが重なった月です。わたしの誕生日は1947年6月25日です。6月25日はクリスマスより半年遅れの日になります。でもこの日は実際は定かではありません。なんでも子どものころ聴いた話では、父が田植えの時期で忙しく、出生届を市役所に出しに行ったら、出生届は生後二週間以内にすることになっていたので、少しごまかして届けてきたらしいです。それで実際の誕生日はたぶんもう少し早かったかもしれません。正確な誕生日は家族は誰も教えてくれなかったので、わたしは知りません。そしてわたしが教会に繋がりを持ったのは、その父親が1964年6月11日に72歳で亡くなった後からです。その時わたしは高校2年生でした。その日は美唄祭の日で、学校の授業は午前中だけでした。それで学校から帰る前に「父が死んだから明日は休みます」と担任に報告したら「なんでもっと早く言わなかったのか」と怒られました。父の死後、家庭内でいろいろなことがあって、毎日聴いていたラジオ番組にプロテスタントの番組があり、希望者には新約聖書をプレゼントしていたのでハガキを出して、聖書をもらい、初めてキリスト教に触れました。その頃はパソコンもスマホも生活の中にない時代だったので、ラジオはいつも聴いていて、音楽番組などにリクエストの葉書を出して、自分の名前が呼ばれると嬉しかったものです。初めてカトリック教会に行ったのは1964年の8月末だったと思います。二学期が始まって同じクラスに何人か教会に行っている人がいたので、そのうちの一人に教会に連れて行ってもらいました。翌年1965年の復活祭に洗礼を受け、その次の年1966年6月9日に、大学に通う坂道を登りながら、司祭になりたいと感じたのです。この世にいのちを受けたのが6月、教会に心が向かうことになった父親の死が6月、神さまに呼ばれていると感じた日も、イエスのみ心の月、6月でした。先日、ある方からイエズス会の元総長のペトロ・アルペ神父のイエスのみ心への祈りをもらいました。きれいな祈りだったので紹介します。

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 主よ‥‥私の目をあなたに注ぎ、 福音書にあらわれるあなたの輝いたみ姿を、 信仰のまなざしでみつめさせてください。

できる限り、あなたがふるまわれたように行動し、毎日の生活の中であなたに倣いたいと思います。どうかあなたの心をもっと感じ、 御父と人々を愛されたあなたの心の思いを、 私の心とすることができますように。弟子たちの足を洗ったときのあなたの細やかな心、 あなたの人々へのまなざしの注ぎ方、 苦しんでいる人々のために 涙を流すまでの深い感情、そのあらわし方、どうかこの“キリストの感覚(センス)”という恵みを わたしたちにお与えください。

投稿者プロフィール

Fr.valentino Yamamoto Takashi
Fr.valentino Yamamoto Takashi
ヴァレンチノ山本孝司祭
フランシスコ会 日本管区『小さき兄弟会』 旭川修道院