待降節、降誕節を通して、主のご降誕の神秘を、「マリアが歩かれた道」を共に歩くことができたらと思いました。
マリアとヨゼフは主の降誕のお告げを受け、その喜びを分かち合うため、エリザベトとザカリヤを訪問します。年老いた彼らも、息子ヨハネの誕生の「お告げ」を受けました。その後、マリアとヨゼフは、ローマ皇帝の勅令を受けて、二人の出生地ベツレヘムに出かけます。マリアは出産の日が満ちて「マリアは男の初子を産んだ」と、ルカ福音史家は記しています。この喜びの知らせが羊飼いに告げられます。さらに、マタイは、東方の博士たちが、星の知らせによって幼子イエスを礼拝に訪れたことを知らせています。大天使ガブリエルは、ヨセフに、夢のお告げによって、「ユダヤの王ヘロデから逃れて、マリアと幼子イエスを連れてエジプトに逃れるように」。さらに、ヘロデが死ぬと、「イスラエルの地に戻るように」と告げます。
ナザレにもどられた聖家族の生活はどんなだったのでしょう。ルカによると、「さて、イエスの両親は、毎年、過ぎ越しの祭りにはエルサレムへ上っていた」と記しています。ナザレからエルサレムまで約150キロぐらいですが、み使いのお告げを受け、さらに、ローマ皇帝やユダヤの王のために歩まれた道は、貧しい聖家族にとってどんな道だったのでしょうか。
82歳を迎えた私も、これまでいろんな道を歩んできました。高校時代に家出をして神戸まで行ったことがありますが、これをきっかけに、教会に通うようになり、アッシジの聖フランシスコの名前を頂いて洗礼を受けました。修道者の道を目指してフランシスコ会に入り、司祭に叙階されましたが、10年後、マンネリ化した司祭生活を反省し、1985年、日本26聖人が歩まれた道を辿って「京都から長崎まで」歩きました。交換宣教師として韓国に派遣されたとき、縁があって韓国の円空和尚さんと出会い、北朝鮮の子供たちを支援するため、「韓半島100日の巡礼」に参加しました。
大阪生野から釧路、帯広、そして旭川に来ても毎日小一時間、歩いています。「マリアのように」、「マリアと共に」歩けたらと思っていますが、祈りと一緒で、雑念に追われて「神のお告げを受けて」、「お言葉どおり」とはいきません。後期高齢者となり、認知症もすすんでやむおえないところもあるのでしょう。それで、最近は自分を見つめることやめようと思っています。すぐ自分に囚われてしまいますが、そういう弱い自分、醜い自分を、「愛してくださる方」が「共にいてくださる」ことに気づかされることがあります。「教会の祈り」を個人で唱える時、よく歌う典礼聖歌があります。411番です
私は 門の外に立ち 扉を 叩いている
もし声を聴いて 門を開けるなら
私は 中に入り あなたと 共に 住む
扉の 外には キリスト こころを 開いて
神の言葉と 愛とを受けよう
キリストは 今も叩く こころの 扉を
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投稿者プロフィール
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クレト中村道生司祭
フランシスコ会 日本管区『小さき兄弟会』 旭川地区 旭川フランシスコ修道院 助任司祭 (旭川五条・旭川六条・神居・大町・富良野)
Telephone=070-5432-1694
mail-address=cletusnakamura@yahoo.co.jp
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