4月12日、久し振り(?)の帰郷で福岡に着いたのは夕方で、到着時間も特別に知らせていなかったのに迎えに来てくれていて有難く、また嬉しかった。私は5人兄弟でしたが、すでにみんな帰天していて、4年前に亡くなったすぐ上の兄の嫁と、二人の甥とその家族数人で、楽しい夕食会をしてくれた。実は、下の甥っ子が海鮮居酒屋をしていて、そこで久しぶりの再会を楽しみ、話が弾みました。ただ残念ながら、現在、兄嫁だけが信者で、甥っ子たちは教会にはあまり関心がないようです。兄嫁は、日曜日のミサに参加し、とくに、同世代の友達数人とミサ後に食事に出かけるのが楽しみとの事で、今年の復活祭の日には実家で、友人皆で食事をしたと話していました。実は、この友達は、レジオ・マリアの会員で、60年前、そのうちの一人が私をカトリック大名町教会(H・P参照)に誘ってくれたのが切っ掛けで、私は洗礼を受けることになりました。その後、私もレジオ会員となり、教会学校の手伝いや侍者などをしていました。九州では現在でも、レジオ会員が小教区での福音宣教に大きな役割を果たしているように思います。

翌日は、40年前に6年間ほど主任司祭をしていた高宮教会(H・P参照)の朝ミサに参加させていただきました。この教会は、昔の北海道のフルダ管区がサンスルピスの神学校に志願者たちを通わせるために立てた修道院の付属の教会でした。私を始め、今70代80代のフランシスコ会の多くの神父さんたちは、この修道院でラテン語を2年学びました。しかし、10年前にカプチン会に代わり、今回お会いしたインドの若い神父さんは、復活祭に転勤してきたばかりの非常に気さくな方で、一緒にミサをさせていただきました。

ミサ後、この教会の最も古い信者の一人で、私も主任司祭時代いろいろとお世話になったTさんのお宅を、ご聖体をお持ちして、高宮教会のレジオの方々と訪問いたしました。95才にもなられ、寝たきりの生活との事でした。この後すぐに、若い神父さんも尋ねて来てくださり、みんなで「アベマリアの祈り」を歌った時は、Tさんも涙ぐんで一緒に歌われました。その後、みんなですぐ近くのインド料理店でお昼を一緒に楽しい時を過ごしました。

次の日は、福岡の小郡にあるクララ会の姉妹たちを訪ね、一緒にミサを捧げました。クララ会は日本には他に群馬の桐生修道院(H・P参照)と、新潟の上越修道院がありますが、いずれの修道院も「高齢化と召命の減少」に苦労されているようです。小郡のクララ会も、3人の姉妹が近隣の養護施設に移られ、現在は6人だけですが、聖フランシスコの小さき姉妹として「喜びと平和」をもって、毎日のミサと祈りを中心として、日々の厳しい観想生活を生きておられます。そのうちの一人の姉妹は、私の大学の先輩で、私が大名町教会で洗礼を受けたころ、一緒の教会に通っておられました。今回はゆっくりお話しする時間もなく挨拶だけになり残念でした。それでも、復活された主が、「あなた方に平和があるように」と言われたように、「閉ざされた修道院」の真ん中に立ち、復活されたキリストの祝福と恵みが豊かに与えられますようにと祈りました。

この後、鳥栖からJRで長崎を訪問しましたが、次回には、フランシスコ会で始められた「長崎プロジェクト」のことを報告したいと思っています。

カトリック大名町教会HP ⇒ http://www.daimyomachi-c.or.jp/

カトリック高宮教会HP ⇒ http://www.takamiya.catholic.ne.jp/

桐生聖クララ会修道院HP ⇒ http://stclare.christian.jp/index.html