先日、運転免許証のための高齢者講習を受けてきた。初めての体験だったが、視力検査と運転実技とビデオを見せられての話で、二時間ほどで修了証をもらうことができた。参加者はみな同年代なので安心だったが、少し嫌だったのが、「加齢による衰え」という言葉だった。これを何度も聞かされると、それが現実なのだが、あまりいい気がしなかった。それでわたしは、気分転換に講習の帰りにカレーを食べてきた。

老いの衰えはしかたがない。しかし悪いことだけではなく、老いには良いこともたくさんある。若い時よりも時間ができ、深く考え、祈るための時間もできる。老いはめぐみだ。出来ないことを数えるより、出来ることをプラス思考で探していきたい。

先日、心療内科医の海原純子さんの本の中に、「左脳を使って凛とした女になる」という文章を読んだ。わたしは「なにも、女でなくても、男だって凛としていたほうがいい」と思った。なんでも、右脳は感性の脳で左脳は理論や言語の脳と呼ばれるらしい。左脳を使わない人は、自分の考えがない、判断力が低下し、他者に依存する。そうするとみんながするから、こうしよう。みんなと同じようにすれば安全。というようになり、なんとなく依存的で、ぼーっとして自分の意見がなくなる。しゃんとしたところや、凛とした雰囲気のない人になっていくようだ。

何事も自分で考える習慣が大切だ。また、キリスト者として生きるためには、神の前に自分をおいて、神と向き合い対話する祈りが大切だ。自分をしっかり見つめることは左脳を働かせることだ。祈りはお願いだけ。聖書は読まない。黙想(瞑想)の時間はとらない。こうした信者生活なら、ぼーっとした、しまりのないキリスト者になっていくことはあきらかだ。初代教会は聖霊降臨の日から外に向かって宣教を開始した。聖霊は教会のパワーの源だ。聖霊の続唱には聖霊がわたしたちにとってどんなお方であるかが述べられている。「聖霊来てください。あなたの光の輝きで、わたしたちを照らしてください。・・・あなたはやさしい心の友、さわやかな憩い、ゆらぐことのないよりどころ、苦しむときの励まし、暑さのやすらぎ、うれいのときの慰め、恵みあふれる光、信じる者の心を満たす光よ。・・・あなたは汚れたものを清め、かわきをうるおし、受けた傷をいやしてくださる。かたい心をやわらげ、冷たさを暖め、乱れた心をただしてくださる・・・」聖霊はいやしの力、若返る力だ。教会に、聖霊に支えられた凛としたキリスト者がたくさんいて欲しいと思う。

投稿者プロフィール

Fr.valentino Yamamoto Takashi
Fr.valentino Yamamoto Takashi
バレンチノ山本孝司祭
フランシスコ会 日本管区『小さき兄弟会』 旭川地区協力司祭