今日の福音は先週のフィリッポ・カイサリアでのペトロの信仰告白に続く箇所です。ここでイエスは始めてご自分の受難を弟子たちに予告しました。イエスはエルサレムに行き、長老や祭司長たちから苦しみを受けて殺され、3日目に復活することを弟子たちに示されました。この話を聞いたペトロは、自分の考えでいたメシアの姿ではないと思って「先生そんなバカなことは言わないでください」と言ったため、「サタン引き下がれ!」と叱られました。先週の福音では、イエスのことを「あなたは生ける神の子」と言って褒められていました。弟子たちには、イエスが当時の指導者や社会の仕組みに逆らうような態度をとっていたので、いずれ自分は抹殺されると思っていたことが理解できなかったのです。イエスは「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と語り、自分の命を救おうとする者は命を失い、主のために命を失う者は見いだすと教えました。 自分の十字架を負って、わたしについて来なさい。」というのは、イエスに従うためには、死ぬ覚悟も必要なのですという意味なのです。わたしは自分の十字架について考えてみました。わたしはいま体が不自由な十字架があります。左半身が自由に動かせないので、片手では、ご飯の茶碗を持つことやペットボトルやビンのキャップを開けることができません。ファスナーの開け閉めと服のボタンをかけることもたいへんです。果物の皮を剥くこともできません。病気からできなくなったことの他に、年齢による衰えがあります。でも、いまなんとか生かされています。できなくなったことはわたしに与えられた十字架のめぐみと考えようと思っています。イエスに従うための自分の十字架は、わたしの周りにたくさんあるのです。

 今日の第ニ朗読のローマの教会への手紙に、「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けにえとして献げなさい」「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。‥‥何が神の御心であるか。何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」(ローマ12.2)。という言葉があります。

 最近トランプ大統領はICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長に対して制裁を加えると発表しました。ICCは戦争犯罪や人道に反する罪などを裁く国際機関ですが、アメリカのトランプ政権は、ICCによる戦争犯罪などの捜査に反発し、今月18日、ICCの赤根所長を制裁対象に指定しました。アメリカは法の支配ではなく、力があればいいという考えで、この裁判所に圧力をかけています。日本の高市首相は赤根所長を支援しなければならないのに、トランプ大統領に忖度して、残念だとしか発言していないので、わたしはたいへん不満に思っています。自分の国の富や利益だけを考えて、何が神に喜ばれる善いことなのかを、ちゃんと考えることができない人たちが上に立つと世の中は恐ろしいことになります。イエスは上に立つことや支配することではなく、目線がいつも下を向いていて、自分の命さえ差し出されました。イエスを大切にする人はイエスに倣う生き方をしてほしいと思います。*(Ka)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Facebook&Instagramからもご覧になれます。

カトリック神居教会Facebook

カトリック神居教会Instagram