今日は本来なら年間第20主日のミサを行うべきですが、ここの教会の主任司祭から、昨日の「聖母マリアの被昇天」のミサをして欲しいと頼まれたので、昨日の聖書と典礼を使った「聖母マリアの被昇天」のミサをしています。みなさん今日はおめでとうございます。この祝日は、聖母マリアが、死後に神の恵みによって体と魂のままで天の栄光に移されたとされる信仰に基づきます。歴史的背景としては5世紀頃のエルサレムでの記念日に由来し、7〜8世紀頃から西方教会(カトリック)でも広く祝われるようになりました。1950年に教皇ピオ12世によって、正式にカトリックの教義として宣言されました。ヨーロッパのフランスやイタリアなどのカトリック圏では国民の祝日となっており、教会で特別なミサや街頭での行列が行われます。日本ではお盆や終戦記念日と重なるため、一般的な国民の祝日 ではありません。各地の教会では昔からこの日に教会の墓地にみんなでお祈りに行く習慣があります。今日の聖書と典礼の後ろに、あるシスターが「聖母マリアの被昇天と私たち」という文章を載せていますので、ぜひ参考にしてください。お盆のこの時期は亡くなった人たちや死について考えることが多くなります。人は誰でも生まれた時から、避けることのできない死に向かっています。死は新しい命への旅と考えることができます。みんな死にたくないのですが、今までのことを考えるなら、ひとつの別れを通して、わたしたちは新しい生き方に変わりました。生まれた時、母親の胎内から家族の生活に旅をしました。学校に行くようになって家族の生活からより大きなコミュニティーへの生活へと旅をしました。就職した時、結婚した時、多くの選択肢があった中からひとつの生活を選びました。退職した時、今までの生活から新しい生活に変化しました。古い慣れた生活から新しい生活に入るためにわたしたちは何度も辛い別れをして新しい生き方を選んできました。これらの旅の一つひとつが、新しい命へと導くひとつの死であると言えます。わたしたちにはまだ最後の旅が残っています。みんな死にたくないのですが、死を通して新しい命がきます。聖母マリアは死んでまっすぐに天に引き上げられました。わたしたちの憧れることです。わたしたちは自分が歳をとるにつれ、自分より先に亡くなった人のことを思い出すことが多くなります。わたしたちを愛してくれた人、お世話になった人、また自分が大切に思っていた人たちを思い起こすことによってそれらの人々はわたしたちの霊的コミュニティーに加わり、わたしたちを支えて助けてくれます。またわたしたちもいずれ死んでいきます。その時に、あとに残る人たちに心配や不安ではなく、安心と喜びを与えることができるように、感謝と平安のうちに死を迎えることができれば、幸いです。神の母マリアさま、「今も死を迎える時も」お助けください。と祈りましょう。*(Ka)
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