今日5月3日は憲法記念日です。いまの日本国憲法は1947年の5月3日に施行されました。この憲法は「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」が基本原則になっており、戦争を放棄し、軍隊を持たず、国際平和を維持しようとする姿勢が戦前の反省を踏まえて前文で明記され、国家の運営における根幹として定められています。ところが近ごろ自民党を中心に、時代に合わせて憲法改正をしようという動きが出てきています。わたしは、憲法は神の掟ではなく、人間が作ったものだから、絶対変えてはいけないということではなく、変わってもいいと思っています。しかし、戦力不保持を定める憲法9条を、時代に合わないから改正しようとしていることに不安を感じます。また最近、高市内閣は、日本からの武器輸出を制限する防衛装備移転三原則の運用指針を改定しました。また日本の防衛費も年々増えてきています。そして横暴な振る舞いをしているトランプ大統領にそれは間違っていると一言も言えない日本の国はどんどん戦争に近づいて行って、アメリカが始める戦争に引っ張り込まれるのではないかと不安になります。先日教会から届けてもらったカトリックジャパン・ダイジェスト5月号、に4月11日にバチカンの聖ペトロ大聖堂で開かれた「平和のための夕の祈り」での中で「力の誇示も、戦争も、もうたくさんです!」と述べられたレオ14世のことばが載っていました。教皇は「自分や金銭という偶像を崇拝するのはもう十分です!‥‥真の力は、いのちへの奉仕のうちに示されるのです」と語りました。この祈りの集いでは、たくさんの人が集まりロザリオを唱えました。教皇は「戦争は分裂をもたらしますが、希望は一致をもたらします。傲慢さは他者を踏みにじりますが、愛は立ち上がらせます。偶像崇拝は私たちの目をふさぎますが、生きておられる神は光で照らしてくださいます」教皇は「教会は和解と平和のために奉仕する人々の集まりです。戦争の論理を否定することが誤解や軽蔑につながるとしても、教会はためらうことなく、その道を歩みます」と述べました。
今日の福音は最後の晩餐でのイエスの告別説教が読まれます。動揺する弟子たちに「わたしが道であり、真理であり、命である」と告げ、父なる神へ至る道を教える内容です。復活したキリストとともにある教会共同体のあり方(互いに愛し合うこと)が強調されます。キリスト教において、神のもとへ至る唯一の方法、変わることのない真実、永遠の命そのものであることを表す、中核的な教えです。道、真理、命の中で、第一にくるのが、イエス・キリストが「道」であるということです。「道」とは、目的地に至る「通路」と言う意味と、それ自身が「目的」である道を意味する場合があります。イエス・キリストの歩まれた道は、真理そのものであり、命そのものでした。しかし、その道は、最も低くなり、人間にあざけられ無視される道でした。イエス・キリストの生涯、その生きられた歩みそのものが道でした。今の時代は目的地の住所や電話番号を入力すれば、カーナビやスマホが目的地に連れて行ってくれます。いつも祈りや聖書で神さまにつながっていましょう。これは電源を入れておくことです。五月は聖母月です。マリア様はいつもキリストとつながっていました。いつも教会の祈りの中にいました。他者のために自分の命を差し出されたキリストの生き方こそ、教会が、またわたしたちが守り、歩まなければならない道なのです。破壊し殺しあう戦争がなくなるように、教皇様のためにもたくさん祈りましょう。*(Ka)
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