今日の福音はイエスが神殿で商売をしていた人たちを追い出した話です。イエスは商人たちが神殿当局から許可を受けていたにせよ、神聖な場所が金儲けの場所に変えられていたことに我慢が出来なかったようです。ヨハネ福音書は一世紀の終わり頃、つまりエルサレムの神殿破壊から、約三十年後に書かれたと思われます。 ヨハネが福音を書いたころ、ユダヤの国は滅び、大勢のイスラエル人は追放されて遠い国の奴隷になり、残った人々もエルサレムに入ることが厳しく禁止されていました。 都と神殿は、瓦礫の山となり落ちぶれて見る影もない状態となっていました。 ヨハネは多くの弟子たちが殉教した中で、まだ生きているキリストの最後の弟子として、復活の出来事の光の中で「この神殿を壊してみよ。 三日で建て直してみせる」というキリストの不思議な言葉を述べ伝えています。パウロはキリスト者の体のことを「聖霊の神殿」と言います。「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか」と言っています。(1コリ3.16)。わたしたちはヨハネが復活の光のもとで、イエスの神殿に対する振る舞いを見つめ直したように、今のこの生活を別の角度から見直してみましょう。

先週の日曜日、わたしはインフルエンザにかかり主日のミサができませんでした。日曜日にミサをしなかったのは10数年前に入院していた時以来でした。熱があって頭もはっきりせず、祈ること考えることもできなく、あらためて人間の体は弱いものだと思いました。誰でも自分はいつまでも生きていない。永遠に向かっている。最後まで持っていける大切なものは何かをしっかり考えておかなければなりません。山上の説教でイエスは、「信仰のうすい者たちよ、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と思い悩むな。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさいと言われました。(マタイ6.33)。最も大切なことは何か考えましょう。最後に役に立つものは、自分が生涯に集めたものではなく、与えたものです。神と隣人を愛すること、自分の十字架をとって従うこと、自分に死ぬこと。「あなたの信仰があなたを救った」とイエスから言われるように生きること。キリストの言葉を知り、大切にすること。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る.わたしの父はその人を愛され、父とわたしはその人のところに行き、一緒に住む」とキリストは言っています。教会を大切に、秘跡を大切に、祈りを大切にし、いつも喜んでいること。すべてのことに感謝すること。とにかく、大切にしなければならないことがたくさんあります。自分は信者として、もうこれでいいと思わないこと。たえず求道者であり、挑戦者であって前向きに努力する人でいてください。すこしでも徳を積む努力を大切にしてください

ある本にこんなジョークがありました。(倹約夫婦、倹約を始めた夫婦が際限なく倹約の道にのめり込んでいった。ある日、夫が息を切らして帰宅した。「バスに乗らずにそのあとを追いかけたので二ドルの節約になった」。すると妻。「バカね、あなた。バスの後じゃなくてタクシーの後を追ったら、二十ドルの節約になったのに」)