神の私への愛
- God’s love for me -No.4

聖アウグスチヌスは、「人の心に大きな愛を呼び起こす力は、自分がずっと以前から相手に愛されていることに、気が付くことである」と言っています。
よい例え話がありますので、著者に感謝し借用して、引用させていただきます。

「私がちょうど田舎から、だれも知る人のいない東京に出てきて、一人で非常に苦労して生活しているとします。そうすると何か様子が変だ、実は田舎の年とったおやじが自分の知らないうちに、いろいろと心配して人に自分のことを頼んでいるのではないだろうか、という気がしだすのです。そうして考えてみると、どうもそうに違いないということが、だんだんはっきりしてくるのです。神の私たちへの愛というのは、そういうものです。
私たちには、神がなにをされているかは絶対にわからないけれども、段々年をとってきますと、どうも神が自分を導いているのではないだろうか、ということが明らかになってきて、証明もなんにもなしに、もうしまいには疑うことさえもできないようになってきます。だから、神があるとか、ないとかということは、理屈の問題ではなくて、そういうまったく経験と信仰の問題です」 (森 有正著「いかに生きるか」から借用)。

神の私への愛は、信じるときに、それを感じることができます。そして報恩の心から、愛とゆるしが出来るようになります。ありのままの自分を受け入れることができるようになります。それで、フト「思い当たる」ことがありますように!

ダイナミック・メモリ-(月日や順序に関係なく思い浮かぶ記憶、出会いと出来事の
思い出、その反対がカレンダーメ・モリー)。
☆ 喜びを感じたことや幸せな出来事を思い出してみます。
◎ 生きていてよかったこと、思うことがありますか。
★ 愛を教えてくれた人、出来事やもの(本、記事、映画)など。
◎ 感謝の気持ちを、よく表せましたか。

聖書の個所:
ル カ 15:11―32  ある父親の愛情物語(別名を放蕩息子の譬えとも)
ル カ 7:11-16  イエス、近づいて棺に手を触れられる
ヨハネ 10:7-18  イエスは良い羊飼い
イザヤ 43:1~7 「私の目にあなたは値高く、尊く………」