緊急事態宣言が出されたために公開ミサがしばらくありませんでした。わたしは、ミサの説教作りはしばらくぶりだったので、どうも頭がサビついたみたいでした。それで、何かヒントがないかと新聞の川柳欄を眺めていたら、こんなのがありました。

ニシキヘビ君は全く悪くない。
こどもダメおとなはやるぞ運動会。
ワクチンを打ってないけどオ・モ・テ・ナ・シ。

最近では、新型コロナウイルス感染が収束しない中での東京五輪・パラリンピック開催について、天皇陛下の「懸念」を拝察したとする宮内庁の西村泰彦長官の発言が波紋を広げています。とにかく、オリンピック・ファーストで何がなんでもオリンピックを行おうとする政治家たちからすれば、天皇陛下の心配だという発言は、政治に口出しする好ましくない発言だ、ということになるみたいです。

わたしは経済学者の浜矩子さんの書いたものを良く読みます。以前、彼女は、[困った。「すがすがしい」という言葉を使えない。この言葉の本来の意味を辞書で確認すれば、「心地よくさわやかだ」である。だが、菅内閣が発足してしまった今、「すがすがしい」と言えば、どうしても「菅っぽい」とか「菅的だ」という語感になってしまう。心地悪くて、まるでさわやかさに欠ける]。とこんなふうに書いていました。とにかく、安心、安全という言葉を多用して、何がなんでもオリンピックを終わらせたいと考えているみたいです。

さて今日の福音は信仰がテーマになっています。ヤイロという会堂長と12年間に渡り病気から、汚れた者とされていた婦人の話です。この二人は自分の立場、身分などを気にすることなく、とにかくイエスにお頼みしたいの一心で、イエスに頼み込みます。この人たちの信頼の心を受け止めて奇跡が起こります。

今の世の中にはおかしなことがたくさん起こります。役人は偉い人に忖度して公文書の書き換えを行い。省庁ぐるみで総務省は大臣からその下の役人までが業者からの接待を受けていました。新聞の川柳に、「ダメ野党だから安心ダメ与党」というのも出ていました。コロナで世の中の皆んながストレスを溜めてくると不愉快なことが多くなります。

そんな中で、わたしたち信者は、毎日感謝の心を持って、平和で喜びを持って生活していきたいです。神さまは必ずよく取り計らってくださるという信頼の心を持ち、爽やかというか、さっぱりというか、清々しいし信仰心を持っていたいです。