昨日の土曜日のミサ福音は、毒麦のたとえ(マタイ13.24-30)の箇所でした。イエスは、敵が良い麦の中に毒麦を蒔いていっても、神は刈り入れの時まで両方とも育つままにしておき、最後に毒麦を焼き、麦の方は倉に入れられる、と話された箇所でした。わたしは、毒麦のことを考えていて、つい先日、自分の墓標に「一粒の麦」という言葉を選んだ井深八重さんのことを思い出しました。先週、『安倍首相「深くお詫び」ハンセン病患者家族と面会』というニュースがありました。これは「ハンセン病隔離政策、家族にも被害、国に賠償を命じる判決」が出たからでした。わたしはこのニュースのあった日に、「井深八重~ハンセン病罹患者の看護に生涯を捧げた「病者の母」という記事を読みました。

御殿場市、神山(こうやま)の閑静な墓苑の一角に、日本初のハンセン病の療養施設である神山復生病院で亡くなられた患者、医療関係者などのお墓が並んでいて、その中に直筆の文字で「一粒の麦」と墓碑銘が刻まれた井深八重さんの墓があるそうです。井深八重(1897-1989)さんは、22歳の時、当時恐れられていたハンセン病の疑いで、日本初のハンセン病の療養施設である神山復生病院に入れられます。出生や生い立ち、肉親や家族・友人・知己など過去の一切を断ち切るため「井深八重」という名を捨て、新しく「堀清子」という名を名乗ったそうです。入院後3年経過してハンセン病が誤診だったことが分かりますが、彼女はその病院の院長だったフランス人・レゼー神父の生き方に感銘を受け、病院に留まり、看護師の資格を取り、ハンセン病患者の看護に生涯を捧げ、1989年91歳の生涯を閉じるまで看護師として自分の天職を全うしました。

わたしは、他人のために生きた素晴らしい人がいたことに感動しました。彼女が病院に残ったのは、フランス人のレゼー神父が、異国の地で、同胞ですら見捨てた患者たちに献身的に世話をしている姿をみて、日本人に代わって恩返しをしたかったからだそうです

神の子が人となり、わたしたちのうちに住まわれたことはとても凄いことだと思います。

今日の福音は、イエスが弟子たちに祈りを教えた個所です。イエスは最初に「父よ、御名が崇められますように。御国がきますように」と簡潔に祈っています。御国は神の国(天の国)のことです。イエスは人々に福音を述べ始めたとき、「悔い改めよ天の国は近づいた」と言いました。実際の到来や完成がいつ起こるのかわたしたちにはわかりません。御国は神の御名が崇められ、み心が天に行われるように行われるところです。そして人々の心の中に広がっていくものです。わたしたちはふだんあまり考えないで、御国が来ますように、と祈っています。主の祈りが口先だけの祈りにならないためにはイエスの考えがよくわかっていなければなりません。御国が広がっていくためには、わたしたちが成長し、キリストの背丈まで伸びていかなければなりません。神の国が発展するかどうかは私たちの生き方にかかっています。世の中に一粒の麦のようなキリスト者がいたら多くの実を結びます。でもわたしは時々、まるで「一粒の毒麦」になっているなさけない自分を感じます。  *(Ka)