わたしは説教を作るとき、以前にどんな説教をしていたかをいつもチェックしています。わたしのパソコンには9年前からの説教が入っています。9年前の年間第25主日を見ていたら、「先週、鳩山政権がスタートしました。新聞などの支持率調査では、おおむね70%台に達し、小泉内閣に次ぐ人気ぶりです」と書いてありました。そんなこともあったのですね。もう忘れていました。

今日の説教は、わたしは、先週20日の自民党総裁選挙で、安倍晋三首相が石破茂元幹事長を破って3選を果たしたニュースから入っていこうと思います。自民党総裁選挙は安倍一強の状態で、国会議員の大部分が安倍首相を支持しました。これに対して地方の党員・党友票の支持率は55%でした。わたしはどうしても、国会議員たちが、大臣の椅子が欲しいから、また冷や飯は食いたくないので、強いものに媚を売っているようにみえました。しかし、地方の票の割合は、もう少し冷静に距離を置いて見ている人たちの意見だと思いました。

今日の福音は、マルコ福音書ではイエスの二回目の受難予告の箇所です。弟子たちはイエスの受難の予告を理解できませんでした。それより彼らは誰が一番偉いか、誰が上に立つのかということで、頭がいっぱいでした。彼らは人の上に立ち、人から仕えられ、尊敬を受けることを望んでいました。しかしイエスが示したのは十字架への道、すべての人の後になり仕える道、すべての人を受け入れる愛と謙遜の道でした。

イエスは、「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」と弟子たちに教え、無力な者の代表としての子どもを抱きかかえ、こういった者を受け入れなさいと話されました。キリスト教においていちばん先の人、偉い人というのは、すべての人に仕える者です。すべての人に仕える者というのは、無私無欲で、相手の立場を考え、共感し、共に歩んでいく人です。わたしはすこし歪んでいるかもしれませんが、災害が起きたときに、真新しい作業服を着た大臣や偉い人が視察している映像を見ると、選挙目当てのパフォーマンスにみえます。それより、視察の費用を義援金に回したほうがより役に立つと思ってしまいます。

それから子どもに代表される無力で弱い者は、人種、国籍、肌の色、言葉、貧富の差、社会的地位の差、病気や障がいのあるなしなどで差別を受けている人たちです。わたしたちは弱い立場の人の気持ちを考えなければなりません。先日、鎌田實というお医者さんの書いた「いいかげんがいい」という面白いタイトルの本を読みました。その本は、無理しない、こだわりすぎない、欲張らない、頑張らないで、ほどほどに「いい加減」に生きることを勧めている本でした。資本主義が利益を上げることばかり考えると、競争社会が生まれる。さらに歪が出てきて貧富の差が生まれ、ギスギスした社会になってくる。そこに「いい加減」を生みだす暖かさや愛が必要になる、とそんなことがたくさん書かれていました。人に仕える愛の心は「いい加減」の人間関係を生み出します