今日の福音はヨハネ福音書4章に登場する、イエスとヤコブの井戸で対話したサマリアの女の話です。この女性はサマリア地方のシカルにある「ヤコブの井戸」で昼時の暑い中、水を汲みに来ていて、旅の途中で休んでいたイエスが出会いました。当時、ユダヤ人とサマリア人は敵対関係にあり、交流がなかったのです。イエスは男性から女性へ、しかもサマリア人に話しかけるという型破りな行動を取りました。イエスは女性に「水を飲ませてほしい」と頼み、その後、飲めば決して渇くことのない「生ける水(永遠の命に至る水)」の存在を教えました。5人の夫を経験し、孤独を抱えていた女性は、自分の過去をすべて知るイエスが預言者でありメシア(救い主)であると気づきます。彼女は水がめを井戸に置いて町へ走り、イエスを「救い主」として人々に紹介。多くのサマリア人がイエスを信じるきっかけを作りました。彼女の持つ「水がめ」は、彼女の重荷や人生の空虚さの象徴とされる一方、イエスとの出会いによりそれを置いていったことが、生き方の転換を表しています。わたしは先日、教皇レオ14世の使徒的勧告『わたしはあなたを愛している』-貧しい人々への愛について-という文章を読みました。この勧告は教皇フランシスコが準備し、レオ14世が完成させた、貧しい人々への愛に関する内容でした。前教皇フランシスコは生涯の最後の数か月間に、貧しい人々のために、貧しい人々とともに教会が行なう配慮に関する使徒的勧告を準備していました。その中には、キリストのからだである教会は、貧しい人々のいのちを自分の「肉身」として感じます。貧しい人々のいのちは、旅する民の特別な部分だからです。ということばがありました。キリストが弱くまた苦しんでいる人々に進んで関わっていったように教会は貧しい人々への配慮が教会の本質的なものと考えなければなりません。3月2日の夜にNHKで映像の世紀バタフライエフェクト「ローマ教皇世界との格闘」という番組を見ました。[ローマ教皇は時に傷だらけとなりながら世界と格闘してきた。無神論の共産主義の脅威を訴え、ナチに接近し、後に一部から「ヒトラーの教皇」と呼ばれたピウス12世。米ソの仲介役を務め、キューバ危機回避に動いたヨハネ23世。命を狙われるも冷戦下のポーランドで民主化運動を鼓舞したヨハネ・パウロ2世。21世紀には、聖職者による児童への性的虐待が世界中で明るみに出た。その言葉、時に沈黙さえも世界の運命を変えてきた](これはNHKの案内から)。第一次世界対戦の頃から現代に至るまでの歴代教皇の戦いの番組でした。わたしはいまの時代、「力があれば正しい」と考えることが間違いだと、教会と教皇は世界を導いて欲しいと思いました。今日の福音のサマリアの女は人目を避けて暑い時間帯に水汲みにやってきた人でしたがイエスは弱みのある人を見逃しませんでした。神さまはいつも弱いもの苦しんでいるものを心に留めてくださいます。自分が弱くダメな人間だとわかっていても、こんな自分にも神さまは目をかけてくれていると思うと少し幸せな気持ちになります。*(O)
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