マタイ福音書の5章から7章には山上の垂訓と呼ばれるイエス・キリストの説教が書かれています。これは新約聖書で最も有名かつ包括的な教えです。この教えは主に「心の持ち方」や「愛の実践」を説き、表面的なルールを守るだけでなく、神に喜ばれる生き方を説いた内容です。二週間前の日曜日には「心の貧しい人」「悲しむ人」「柔和な人」など、世間では弱いとされる人々こそ、神から愛され幸せであると説きました。先週の日曜日には、あなた方は「地の塩」「世の光」である、の箇所でした。そして今日の最初の箇所はファリサイ派や律法学者の義と異なる、キリスト者の義が語られます。今日の箇所は新しくキリスト信者になった人たちへの教えとして、それまでは規則を守る人が正しい人と教えられていましたが、イエスは行ないに表れない心の中でも罪を犯す人間の弱さについて語り、「あなたがたの義が、律法学者やファリサイ派の人々の義に優っていなければならない」と言いました。わたしは山上の垂訓の初めの「8つの幸い」の箇所では、イエスの話を聴きに集まった人たちが苦しんでいる人や何か心配や不安のある弱い人たちが多かったので、イエスはそうした人たちに、いま悩み苦しんでいる弱い人たちは神に近づき易いから幸いなのです。と話していたと思っていました。その後の「地の塩」「世の光」の話も、みんな頑張って立派な人になってくださいと言っていたと思いました。わたしは今日の聖書の箇所になったら、自分は口だけの信者で、目も口も手足ももぎ取られるような者だと思えてきました。わたしは人に対して「バカ野郎」と思うし、外見で人を区別して距離を取ったりします。

 山上の説教には黄金律と呼ばれる「人にしてもらいたいと思うことを人にもしなさい」(マタイ7.17) という言葉があります。「律法と預言者」とは、この当時の聖書(旧約聖書)を指す言葉で、黄金律と隣人愛が聖書全体の教えの原則であることを、キリストは伝えたのです。今の世界の指導者たちが、「相手が嫌がることをするのではなく、相手が喜ぶことを考え」「人にしてもらいたいと思うことを人にもしなさい」のイエスの心を考えてほしいです。最近、アメリカのトランプ政権の制裁圧力を受けるキューバで、深刻な石油不足により、空港で航空機への給油ができなくなる事態となっているというニュースがありました。

 アメリカはキリスト教の国なら福音の精神を大切にしてほしいと思いました。
孔子は「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」と言いました。イエスは「敵を愛せ」という教えに代表されるように、表面的な行動だけでなく、心の中の憎しみや怒りも罪であると教え、本質的な誠実さを求めました。山上の垂訓は、救われるための条件というよりは、「救われた(神の民となった)人が、どういう心持ちで生きるべきか」の指針です。 こんなに弱く惨めな自分でも、神から呼んでもらったことを感謝し、少しでもイエスの心を身につけるように努力していきましょう。*(O)

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