先週の月曜日、2月2日は主の奉献の祝日でした。昨年はこの日が日曜日でしたので、わたしは年間第4主日の福音ではなく、ルカ福音書の、モーセの律法に定められた清めの日数が満ちると、両親は、みどり子を連れてエルサレムに上った。(ルカ2.22-36)という福音を読みました。今年は日曜日でなかったので気づかなかったのですが、この日は「世の光」であるキリストを称える「世界奉献生活の日」ともされ、ローソクの祝福が行われることから「キャンドルマス」とも呼ばれていました。わたしはそう言えば以前は、家庭や教会で使うローソクを聖堂に持ってきて祝別してもらっていたことを思い出しました。最近はしばらくしていませんでしたが、カルメル会で作っている「カトリック祈祷書祈りの友」に、ローソクの祝別と行列 ― 主の奉献の祝日(二月二日)が載っていました。この日は、キリストが光として世に来られたことを記念し、信者もその光を生活の中で輝かせるよう招かれる日でした。

 今日の福音は山上の説教の先週の八つの幸いに続く箇所です。わたしは地の塩、世の光の言葉で、2月3日が祝日だった福者ユスト高山右近殉教者のことを思い出しました。わたしは数年前に持っていた本を全て処分していたので、高山右近のことを調べるためにスマホで検索するしかありませんでした。高山右近は戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名で代表的なキリシタン大名でした。2017年にカトリック教会の福者に列福されています。高山右近は、人生のほぼすべてを、キリスト教に捧げた戦国武将です。「キリシタン大名」と呼ばれた人物は数多くいますが、家や領地を犠牲にしてまで信仰を貫いた大名は、高山右近ただひとりです。その強烈な信仰心と影響力から、「伴天連の大旦那」(ばてれんのおおだんな)と呼ばれ、当時の日本におけるキリシタンの中で、中心的役割を担っていました。キリシタンの第一人者として、自身の勢力を拡大することよりも、信仰の道を選びました。彼は京都に南蛮寺(教会堂)を建てるため尽力したり、安土城下に、西洋の学問を教える学校「セミナリヨ」の建設について、許可が得られるように織田信長と交渉したりと、日本におけるキリスト教の発展に貢献しました。

 また、多くの戦国武将にも、キリスト教の素晴らしさを教え導きました。「蒲生氏郷」(がもううじさと)や「黒田官兵衛」(くろだかんべえ)など、そうそうたる武将達も洗礼を受けました。日本で最初の殉教者になった26聖人のパウロ三木は安土のセミナリオで学んだひとりでした。また会津に住んだ蒲生氏郷は高山右近のように側室を持たない立派な武将でした。彼はキリシタンを保護し宣教師を迫害の時代に東北の各地に派遣していました。わたしはまた高山右近の他に、先日、カナダのマーク・カーニー首相が1月20日、スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会・ダボス会議にて、「原則と現実―カナダの進む道」という演説をして、大国間の地政学的な断絶と既存のルールに基づく国際秩序の衰退を指摘し、中堅国家(ミドルパワー)の連携と新たな秩序構築を訴えました。力があればなんでもできると考えているアメリカのトランプ大統領の名前を出さずとも遠慮なく自分の意見を述べていて立派な人でした。大国に尻尾を振る意気地ない態度ではなく、自分の意思をはっきり述べていました。わたしは彼は「地の塩」のような人だと思いました。ダメなことはダメなこと。これをはっきり言える政治家は立派です。自国の利益ばかり考えているリーダーが多くなっています。キリスト教の殉教者たちは神のものは神に、自分のことより神のためと考えて行動した人たちでした。*(O)

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