今日は有名な「心の貧しい人々は幸いである」ということばがまず最初に出てきます。今日は心の貧しい人とはどんな人かを考えてみます。聖書と典礼の解説に「心の貧しい人々」の直訳は「霊において貧しい人々」の意味と解説が出ています。いま教会の典礼で使われている聖書は新共同訳聖書です。この新共同訳聖書より少し前に発行されたフランシスコ会聖書研究所訳の新約聖書では「心が貧しい人々」という箇所を「自分の貧しさを知る人々は幸いである」と翻訳しました。新約聖書には、神の恵みが豊かという表現があっても「心の豊かな人」という表現がありません。イエスは「自分は神なしには生きられないと認め、謙虚に神にすべてを委ねる者」を心の貧しい人と呼び、そのような人は天の国(神の祝福)が与えられると言っているのです。これは世俗的な意味での「貧しさ」や「心の狭さ」とは異なり、自分の限界を知り、神の恵みを素直に求める人の幸福を宣言する言葉です。アメリカのトランプ大統領が、自分こそノーベル平和賞にふさわしい者だったと何度も発言していましたが、自分は何でもできて、偉くて優秀だと思う人こそ神の目から見たら、哀れで傲慢な罪人なのです。彼がベネズエラの大統領を逮捕してアメリカに連れてきたり、グリーンランドを手に入れたいけど反対する国々に関税をかけると脅したり、アメリカが経済封鎖してイランの政情が不安定なのに、軍事介入するような素振りを見せたりしていることは、みんな「自分は力があって偉いのだ」と思い込んでいるからです。神の目からみたら何の価値もない愚か者に過ぎないと思います。神さまはわたしたちが強ければ、金持ちになれば神の国に入れるとは言っていません。
「心の貧しさ」の本当の意味は
- 神に頼るしかないと認めること。自分の力ではどうにもならないことを悟り、神の助けを素直に求める状態を指します。
- プライドやこだわりを捨てること。傲慢さや自己満足を捨て、ありのままの姿で神に近づく姿勢です。
- 霊的な破綻を認めること。物質的な豊かさではなく、神との関係が破綻している状態を自覚し、神によってのみ満たされることを知る状態です。
なぜ「幸い」なのかといえば「天の国」が与えられる。神が共にいて、支配してくださる世界、つまり神の国の祝福が、まさにその瞬間に与えられるとイエスは宣言しています。
心の貧しい人々は幸いは「こうなれば幸いになれる」という条件ではなく、「あなたがたは心の貧しい者である。しかし、わたしは天の国をすでに与えている」という救いの宣言であり、神の深い愛と恵みを示す言葉です。
河野進という牧師の「ぞうきん」という詩集に『強い者』という詩が載っています。この詩を今選挙中の日本の政治家やトランプ大統領に聞かせてあげたいです。
【強い者は弱い者の重荷を負い 強い者は悲しむ者を助け 強い者は病む者を助け 強い者は倒れた者を起し 強い者は貧しい者に施し 強い者は親のない子どもを抱き 強い者は孤老の話を聞き 強い者は謙遜に仕えよ】*(Ka)
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