今日の福音はイエス・キリストが洗礼者ヨハネの逮捕を機に、ガリラヤ地方で公の宣教活動を開始し、最初の弟子たちを召し出す場面が描かれています。この箇所は、イエスの宣教の始まりと、そのメッセージの中心となる「悔い改め」と「神の国」の到来を伝えています。
 
 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤ地方へ退き、ナザレを離れてガリラヤ湖畔の町カファルナウムに住まわれました。ガリラヤは当時「異邦人の地」と呼ばれ、ユダヤ人から軽視されていた場所でした。イエスが宣教を始められたのは、神殿のあるエルサレムではなかったのです。これは旭川でいえば、駅前や買い物公園ではなく、少し郊外の神居古潭や江丹別あたりで宣教を始めたような感じです。ある人は、「わたしたちの心にもガリラヤがあります。それは、人に言えない弱さや罪、繰り返す失敗、癒えていない過去の傷です。」と言っていました。ガリラヤは信仰があっても、光が届きにくい領域です。軽蔑されたり無視されるような場所に、主は訪れてくださるのです。避けたい暗闇に、イエスは一緒に住まわれます。暗闇に必要なのは光だからです。わたしは最近、自分の暗闇と弱さについて考えることがあります。わたしは子どもの頃からすぐ頭にくる喧嘩っ早い性格でした。それから年をとり今はいつも人のお世話になる生活です。それなのに最近は、何か気に入らないことがあれば、すぐに不愉快な態度をとり声を荒げてしまう情けない老人になってしまいました。理解されないこと、後回しにされる悔しさ、人から軽んじられる環境にこそ、イエスはあえて共に住んでくださる。そう気づいたら、心から感謝することができるようになりました。
 
 イエスが最初に語られたメッセージは「悔い改めなさい。天の御国が近づいた」(マタイ4:17)でした。悔い改めるとは、「人生の向きを変える」ことです。暗闇から光へ、自己中心から神中心へ、絶望から希望へと歩み直すことです。イエス・キリストの方に見つめ直すことです。

 イエスはガリラヤで最初の四人の弟子たちを呼び出しました。彼らはすぐさま網を捨ててイエスに従いました。彼らは魚をとる生活から「人間をとる漁師」となり、ガリラヤでのイエスの宣教活動が始まっていきました。自分の至らない点、どうにもならない弱さや暗いところは自分のガリラヤです。そこにイエスは光をともして下さったことに気づきましょう。*(5)

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