今日は待降節第2主日です。待降節には4つの主日があり前半の二つは終末におけるキリストの再臨がテーマになっています。後半の第3週と第4週は、主の降誕がテーマになっています。今日の聖書と典礼の表紙に「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで・・」という言葉が書かれていました。わたしが志願者としてフランシスコ会の小神学校に入ったばかりの待降節に「エッサイの株から」という賛美歌を練習したことを思い出しました。もう50年も前のことです。歌詞は「♪イザヤの告げし 小さなばら、きよきマリアは、母となりぬ。主の誓いの。み子は生まれぬ。救いのため♪」(賛美歌21 248「エッサイの根より」)という歌詞でした。
今日の第1朗読はキリストの降誕の700年も前に預言者イザヤが、イスラエルの王ダビデの父エッサイを根源として、そこから伸びる木、一度は断絶したかのように見えたダビデの家系から、再び新しい命と希望が生まれること、イエス・キリストがこの血筋から生まれ、救い主となるという預言をしていたのです。その新しい王が治める国は「狼が小羊と共に‥‥」の描写にあるように、強い者が弱い者を虐げることがない完全な平和の状態にあるのです。この預言は、中世美術では「エッサイの樹」として図像化されていました。(今日の聖書と典礼の絵参照)。
またエッサイの根(ひこばえ)は待降節で歌われる有名な賛美歌の題名にもなっています。
今日の第2朗読は、使徒パウロのローマの教会への手紙です。この手紙の中でパウロは「強い者は、強くない者の弱さを担うべきである」(15.1)。という考えを述べ、その模範としてのキリストの姿を示しています。(15.3)
今の世界では、強い者が武力や富を誇って威張っていて、聖書の教え考えからは離れた世界です。
また今日は宣教地召命促進の日・献金(12月第1日曜日)です。日本では昔から、聖フランシスコ・ザビエルの祝日が、12月3日なので、この祝日のすぐ後の日曜日が邦人司祭育成の日でした。最近は呼び方が変わったようです。
キリストを知らない人に救いの福音を伝えることは、キリスト者一人ひとりに課せられた使命であり、神からの呼びかけにこたえること(召命)です。それゆえ、宣教地である日本において、すべての信徒がその使命を果たせるよう、また宣教に従事する司祭・修道者がよりいっそう増えるよう祈ることは、とても大切なことです。
それからもうひとつ、明日(12月8日)は無原罪の聖母マリアの祭日です。イエスの母であるマリアが「無原罪の聖母マリア」と呼ばれるのは、マリアがその母であるアンナの胎内に宿ったときすでに罪の汚れから守られていたこと(=無原罪)を記念しています。マリアが神の特別な恵みによって、その存在の最初から原罪から守られていたとする教えは1854年12月8日に、教皇ピウス9世によってカトリック教会の教義として宣言されました。
またそのすぐ後の1858年、フランスのルルドで少女ベルナデッタに現れた聖母が「わたしは無原罪の御宿りです」と語ったとされています。 12月8日の「無原罪の聖母マリア」の祝日はカトリック教会の重要な大祝日です。また、キリストの誕生を準備し、救いの計画が成就する教会誕生を待つという意味合いも含まれています。*(Ka)
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