今日は年間第33主日です。11月に入ってから2日の日曜日は死者の日、9日はラテラノ教会の献堂のミサでした。年間主日を祝うのは今月になって今日が初めてです。来週の日曜日は典礼暦年の最後の日曜日の王であるキリストの祭日で、その次の日曜日は典礼暦年・新年(A年)の最初の待降節第1主日になります。典礼暦が終わりに近づいているので、今日の日曜日の福音はイエスの宣教活動の結びにあたる終末についての説教です。いまブラジル北部アマゾンの都市ベレンで、11月23日までCOP30(国連気候変動枠組条約第 30 回締約国会議)が開かれています。今回の会議には二酸化炭素をたくさん出しているアメリカや中国とインドが参加していません。日本も以前は京都議定書などの作成に努力していたのに、(1997年)今回はアメリカに忖度して参加していません。わたしは、先日、高市首相がゴマスリであってもトランプ大統領がノーベル平和賞に相応かったと発言していて、彼のやっていることを知っているならそんなことは絶対に言えないと思い、日本の首相が、がっかりな人物になってしまったと恥ずかしく感じました。いま世界の人々は人類がなかなかやめない紛争や争いと地球温暖化のことで頭を悩ませています。イエスのころの人々はエルサレムの滅亡と世の終わりに関心があったようです。今日の福音は終末についてのイエスの教えですが、世の終わりそのものというより、それに先立つ混乱の時代について語られています。わたしたちは終末はどこか遠いところの話かずっと先のことが言われていると考えるのではなく、自分にも関わりのあることで、まもなく自分にもお呼びが来ると考えなければなりません。先週の日曜日にわたしは昨年亡くなった方の法事(一年祭)をするので来て欲しいと頼まれて、行ってきました。故人は長いこと入院していて、いま旭川にいる司祭はみな以前のその方のことを知らず、わたしがいちばんその方のことを知っているからと頼まれました。そこの家のおじいちゃんやおばあちゃんにもわたしがご聖体を運んでいました。また、そこの娘さんの結婚式もしました。その娘さんはもうお孫さんがいました。わたしが昔五条教会にいたころまだ40代の働き盛りでした。その式に参列していた人たちもみなそのころ教会で活躍していた人たちでした。わたしはあと何年もしないうちにこの中の何人かはもうお別れしているのだなと思いました。今月は死者の月です。いのちは与えられたものです。与えられたいのちはまた神さまにお返しします。神は全ての人が救われて永遠のいのちをもらえるようにイエスを遣わしてくれました。すべてのものは死にます。聖書の終末論は、目に見えるすべてのものは「過ぎ去るもの」「滅びゆくもの」であることに気づかせ、何が本当に大切な永遠のものであり、滅びないものであるかに気づかせるものです。人間の本当の幸せは神と共に永遠に生きることにあります。キリストは永遠のいのちをもたらすためにこの世に来られました。健康で長生きできることは大きなお恵みです。でも病気や事故も神さまに近づくことも大きなお恵みであることを考えて、毎日を大切に生きてください。*(Ka)
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