今日の福音は重い皮膚病を患って社会から隔離されていた10人の患者をイエスが癒した話しです。そして感謝のためにイエスのところに戻ってきたのは、外国人であったサマリア人が一人だった話しです。今日は感謝がテーマになっています。わたしたちは神さまにさまざまなことをお願いしています。でもお願いしておいて、お礼の報告はしていないことが多いと思います。日本語のお礼参りは①神仏への感謝の参拝と②出所した人物が恩人や密告者へ仕返しをすることの二つの意味があります。困った時の神頼みをするのは、日頃はあまり信仰していない人が、困った時やどうにもならない時にだけ神仏に手を合わせてお願いすることです。しかし、わたしたちカトリック信者は日頃から感謝の祭儀(ミサ)にあずかりお祈りもしています。ある神父さんが、「普段わたしたちが捧げる祈りの80%以上は懇願の祈りです。」と書いていました。ほんとうにそうだと思います。わたしは自分のしている祈りの大部分が人のためのお願いの祈りだと思っています。わたしはだいぶ昔から、寝る前にその日の嬉しかったことを数えることにしています。寝る前にその日の反省ではなく、喜んだこと、嬉しかったことだけを探します。特に何もなかった日でも、わたしはいつも人のお世話になっているので、何かしら感謝することがあります。当たり前でなかったことを考えます。たくさんの感謝すべきことが見つかります。鈴木秀子シスターは「当たり前の幸せ」を毎日10個探してください。そうすればあなた自身が幸せと愛の発信地になれます。と書いています。大きな幸せは小さな喜びの連鎖から生まれるのです。わたしたちの心が幸せや喜びでいっぱいなら他の人にも良い影響を与えていきます。「カトリックジャパン・ダイジェスト」に今週の説教を担当している神父さんが「わたしたちは皆、80%の懇願の祈りによって恵みをいただきますが、20%の感謝の祈りによって救われます」と書いています。恵みは全ての人に与えられますが、救いは全ての人に与えられるとは限りません。感謝をたくさん見つけて幸せや喜びの発信源になる人が教会に増えていって欲しいです。*(O)
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