みなさん主のご降誕おめでとうございます。昨夜のミサと違って、主の降誕の日中のミサでは、飼い葉桶も羊飼いもやみ夜に光り輝く天使たちも登場しません。ヨハネ福音書は「初めに言があった。言は神と共にあった」と始まり、受肉し人となられた神の言にこそ、命があり、この命こそが暗闇に輝く光であることが示されています。暗闇に住むすべての人に命を与え、その命を生きる前向きな力を与える希望の光。それこそが、神の言の持つ力であります。

言葉はわたしたちの意思を伝える大切な道具です。口数の多い人寡黙な人、熱い言葉を語る人も、薄っぺらい言葉の人もいます。イエスの言葉は暖かく重い言葉でした。病人を癒やし、罪を犯した人に「わたしもあなたを罰しない。これからはもう罪を犯さないように」と言われた言葉は暖かな言葉でした。わたしたちの口から出る言葉が喜びと励ましを伝える言葉になれば幸いです。口は心にあふれることを語るから、いつも明るく前向きに考えていたいものです。キリストの言葉には威厳があり暖かさや重みがありました。また聖ヨセフのように、何も言葉を残さなくても、大きな働きをされた方がいます。

クリスマスには洗礼を授かった人も多いと思います。その人たちにとっては今日は出発の記念日ですね。わたしは高校生の時、クリスマスの真夜中のミサで初めて侍者をしました。そして翌年の復活祭に洗礼を受けました。

また2年前のクリスマスの夜、いまわたしの入っている施設で隣の部屋にいた戸田神父さんを見送りました。どの教会もクリスマスのミサが始まる時間で、どの神父さんにも連絡がとれなく、わたしが最後の見送りの祈りをしました。みなひとりひとりにクリスマスの思い出はあると思います。クリスマスにはわたしたちに喜びを伝える使命があることを考えましょう。キリストのように救いを告げなくても、暗いところに明るさを、喜びや平和、慈しみを伝えることを考えるなら神さまに喜ばれると思います。*(O)

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〇 山本 孝神父ミサ説教 〇
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