皆さん主のご復活おめでとうございます。依然としてコロナ禍が収まっていないため、今年も聖週間の、聖木曜日、金曜日、土曜日のキリストの十字架と復活の過越の神秘に全部参加した方はほとんどいないと思います。
本来なら今日は、キリストの十字架と復活の過越の神秘に与り、古い人に死んで新しい人に生まれ変わったことを祝う喜びの祝日ですが、今年はなんとなくスッキリとしません。世界中が心配して祈っているウクライナでの戦いがまだ終わっていないからです。毎日戦争の暗いニュースを聞くことは辛いことです。
教皇フランシスコは先週、受難の主日のお昼のお告げの祈りで、「武器を置いて、復活祭の停戦に入るように」と呼びかけられました。「神にできないことは何一つない。たとえ終わりが見えない戦争、たとえ、毎日非武装の市民に対する残忍で冷酷な虐殺を目の当たりにする戦争であっても、それをとめるために、神に祈ろう」と話されました。
復活祭は、わたしたちが罪と死に勝利した主イエス・キリストを記念するお祝いです。キリストはわたしたちを悪の支配から解放するために十字架を背負われました。キリストはいのちと愛と平和が統治するために十字架上で死なれました。
キリストは自らをいのちを差し出すことによって、新しいいのちをわたしたちに与えてくれたのです。戦争はこの世の方法で勝とうとすることで、敗北をもたらすだけです。
世界中の心ある人たちが、戦争は死以外の何ももたらさないことを知っています。
わたしたちは今年の四旬節期間中、ウクライナの暗いニュースを聞きながら平和を祈り、何かの犠牲を捧げて生活してきました。また日本にいて毎日平和に過ごしていることを感謝してきました。また今日は、四旬節愛の献金も教会に持ってこられた人も多いと思います。
四旬節が終わったいま、自分は古い自分にどれだけ死ぬことができたのかと考えてください。古い自分は罪に支配される罪の奴隷、新しい人は神のいのちを受け、聖霊によって新たに生まれた人です。使徒パウロは「わたしたちはキリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることになると信じます」(ローマ6-8)と言ってます。
復活祭は自分の洗礼記念日の方も多いと思います。自分はキリスト信者として、いつも古い自分に死に、キリスト者として前向きに生きていたかも反省してください。
キリストはご復活によって、死が終わりではないこと、わたしたちが新しいいのちを神からいただけることも示してくださいました。先日、わたしの幼なじみが死んだ知らせをもらいました。わたしの同級生たちはもう年なので、本人があるいは配偶者が亡くなってしまった人がたくさんいます。わたしたちは新しい復活のいのちがあることを知っています。死は扉を開けて向こうに行く関門に過ぎません。キリストの復活はわたしたちに新しい希望を与えてくれました。わたしたちは復活されたキリストから光を受け。キリストの光を持って人々を照らし、人々を慰め励ますことができますように変わっていきましょう。*(K)

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〇 山本 孝神父ミサ説教 〇
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