今日の福音は、話を聞きに来ていた群衆の一人が、遺産相続で心配事があってイエスに相談した話です。イエスは自分は裁判官や調停人でないことを話し、かえって人の命は財産によって決まるものではないと言います。そして「自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者は愚かな者だ」と話しました。わたしは修道者で私有財産を持っていないので、遺産相続のことなど考えたこともありません。自分が死んだら持ち物は修道院の誰かが処分してくれて、お金は年金が入る通帳の口座にのっている分と、現金は毎月の小遣いくらいないので、修道院の会計係が処分してくれます。あと面倒なことはパソコンやスマホの登録の際の書類や暗証番号は誰かには伝えておかなければならないと考えています。
さてイエスは畑が豊作だった金持ちの話をして、その人の命は、財産にあるのではなく、命は富や財産に支えられているように見えてもそうではないと仰せられます。この金持ちは命が富に支えられているのではなく、命の造り主なる神の御手の中にあることに気づかなかったのです。今日の聖書と典礼の7ページに「平和について語ろう」という名古屋教区の司祭の文章が載っています。『宗教とは人間全体に関わるものです。だからわたしたちはこの世界のあらゆる局面について学び、考え、話し合う必要があります。経済システムのために苦しむ人々に神のみ心を届けるためには、経済について知らなければならないのです』という言葉がありました。わたしは最近の世の中が、自分が豊かだったらいい、自分たちの国が第一であると考える人が多くなっているように感じます。福音の考え方ではないのです。聖書はいつも、わたしではなくわたしたちであり、何よりも神のみ旨が大切にされるように私たちに教えています。イエスのように苦しんでいる人、困っている人を大切にする考えがもっと多くの人に広まって行ってほしいです。
最後に遺産のことで、あまり縁のないわたしが最初に考えたのは、胃薬の○○胃酸のことでした。そして薬局の主人が亡くなったら、後継者に胃酸相続をするのだなと思いました。自分のいのちがいつ取り上げてられてもいい生活がしたいです。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者は愚か者です。*(O)
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