今日の福音はマタイ福音書の5章から7章に書かれている「山上の説教」に似ていますがルカ福音書ではもっと短くして、山の上ではなく平地の説教になっています。イエスは大勢の弟子たちや群衆に、四つの幸いと四つの不幸について話しています。第一の幸いは「貧しい人々は、幸いである」です。ルカ福音書の特徴は「貧しさ」の強調です。ルカ福音書には貧しいという言葉が9回使用されています。イエスは貧しい人々に福音を伝える使命を担っておられることと、また貧しい人は今貧しくとも、やがて神の大いなる祝福にあずかるということが書かれています。「貧しい人々は、幸いである」は24節の「富んでいるあなたがたは、不幸である」と対になっています。幸いであるという言葉は富んでいる人に使われた言葉で、貧乏人に使われることはなかったのですが、イエスは当時の価値観とは全く反対のことを言っていることが分かります。イエスは弟子たちを見つめながら、弟子たちが貧しくなり、キリストのために迫害されることを思って話されているのです。キリストのために、のけものにされ貧しさや飢えに苦しまなければならないことが起きる。でもあなたがたは神の国に入ることができるので幸せだと言っているのです。わたしは最近、環境問題を扱った番組をよく観ます。先日は南極や北極圏の氷がどんどん溶け出して寒冷地の動物たちが絶滅の危惧にさらされているという番組を見ました。温暖化対策を真剣に考えなければならない時に、アメリカがパリ協定を離脱して、石油を掘りまくれという姿勢を示し、また2月11日のニュースでは、「トランプ大統領は、バイデン前政権がプラスチック製から紙のストローへの切り替えを推進したと批判したうえで、プラスチック製に戻すべきだと主張して新たな大統領令に署名した」というものがありました。わたしはトランプさんが、自分が大統領になればなんでもできると思っている子どもじみた人に思えて仕方がないです。自分たちが儲かればいい、自分のことしか考えていない、身勝手な幼稚な発想です。いま満腹している人々は不幸であるとキリストは言っています。キリストの教えはみな、自分だけでなくわたしたちのことを考えた教えです。先週の日曜日に、バチカン宮殿での教皇のミサに、たくさんの兵隊や警察官が参列していました。わたしは、ミサの参加者が珍しい人たちだなと思って動画を見ていましたが、後で教皇フランシスコが軍警察関係者の聖年のミサをしていたことをバチカン放送で知りました。そのミサの説教で教皇は「軍の奉仕は、他国征服ではなく、正当な防衛のためのみに」と話していたことを知りました。世界の富や資源も、豊かな人だけのものではなく、みんなのために使われなければ、神さまのみ旨に反することははっきりしています。教皇様はいいお話をなさると嬉しく思いました。今日の共同祈願に「地球環境を汚し、破壊しよとする愚かさから人類を解放してください。神の恵みの賜物であるいのちを全力で守っていけますように」という祈願がありました。豊かで力のある人たちが、愚かさに気づかなければ、この地球全体が壊れてしまいそうです。*(O)

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〇 山本 孝神父ミサ説教 〇
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