今日は父の日です。お父さんたちおめでとうございます。わたしは昔、韓国に行ったことがあります。韓国には日本のように母の日や父の日がありませんでした。5月8日に「両親の日(ホボイナル)という日があります。儒教の考え方に基づき「親を敬う」意識を強く持つ韓国人にとって、両親の日は大切な一日です。わたしはこの日に韓国にいたので、神父さんも親なのでということで、大切にしてもらいました。今日の福音はからし種のたとえです。聖書には、種の話がいくつか出てきます。マタイ13章には種まきのたとえの話があり、種がまかれた土地の話になっています。またヨハネ12章には、イエスが一粒の麦が地に落ちて死ねば、豊かな実を結ぶ(ヨハネ12.25)という話をしています。
今日のマルコによる福音はからし種の話で、種自体に大きく成長する力が含まれていることがテーマになっています。誰がいつどこに種をまくかではなく、種が最初は小さくても大きく育つ力が含まれていることを考えています。教会は種を蒔いていかなければなりません。
わたしは6月2日のキリストの聖体の日の説教で、修道院の持ち物を処分して、ヨハネ・パウロ二世の回勅「教会にいのちを与える聖体」という本を捨ててしまったこと、また「司祭の役務と生活に関する指針」という本も捨ててしまったことを話しました。そうしたらこの二冊をAmazonで探してプレゼントしてくれた人がいました。先日「司祭の役務と生活に関する指針」の本を読み直しました。この指針は司祭のアイデンティティ(身分)。司祭の霊性。司祭の養成の三部に分かれて書かれていて、わたしは司祭は祈りのうちにキリストにとどまること。神のみことばを伝えること。聖体の秘跡などに関して読み直しました。福音の種をまくことはキリスト信者みんなの勤めです。イエスが弟子たちをそばに置いたのは、もっと自分をわからせるためでした。霊的生活を優先させること。そしてみことばを伝えること。司祭のなすべきことはたくさんあります。でも第一のつとめはイエスの側にいて彼の生き方を見習うことだと思いました。皆さん、祈りの時間を大切にしてキリストのそばにいてください。パウロがガラテアの手紙で霊の結ぶ実について話しています。「愛、喜び、平和、寛容、親切」などの霊の結ぶ実を持っている人がいれば(ガラテア5.22〜)キリストの種があちこちにまかれて行くと思います。とにかく種をまく人がいなければ始まらないのです。司祭や修道者だけではなくキリスト信者みんながキリストの香りを残していく人にならなければなりません。世の中はキリストに敵対する力がまだたくさんあります。*(O)
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〇 山本 孝神父ミサ説教 〇
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