先週の水曜日から今年の四旬節が始まりました。春先のこの季節、日本では年度替わりで、卒業、入学、異動などでなんとなく落ち着かない時期です。公立高校の入試が今週の火曜日にあります。受験生がいる家庭では、家族の皆が気を遣い神経を使うと思います。

教会の典礼の中で、わたしたちがいちばん気を遣って準備する大切な時期が、キリストの死と復活を記念する「主の過越しの聖なる三日間」です。教会が創立されたころに、信者は「週の初めの日」に集まり、主の復活の記念を行っていました。主日の中でもとくにニサンの月の14日(春分の満月)に続く第1の主日は、主の復活の記念が盛大に祝われ、その前夜には主の受難と復活に信者を固く結びつける洗礼式が行われていました。そしてその洗礼式の準備として1日から数日に及ぶ断食が行われ、これが今の四旬節の起源になりました。この準備期間が40日と確定されたのは325年のニケア公会議においてです。その後、430年ころになってローマ教会の方に入ってきたそうです。

今年の復活の主日は4月16日です。教皇フランシスコは先日の灰の水曜日のミサで、四旬節を恵みの時と呼び、わたしたちの眼差しを神のいつくしみに向け、御父の憐れみ深い心に帰るように呼びかけました。四旬節は、公生活に入る前のキリストが荒野で40日間の断食を行ったことを思い起こし、復活祭まで間、悔悛し、祈り、断食や節制、施しや愛徳の実践を通して、キリストの復活の記念によりよい形で与る準備をする期間です。また、この期間は特に洗礼志願者たちの準備の時になります。またすべての信者は、自らが洗礼を受けた時の思いを新たにする時です。洗礼を受けたころ、わたしたちは今よりもっと純粋で、神さまにたいしても熱意もあったと思います。漫談師の綾小路きみまろが、結婚してからの夫婦の変わりようを、「あれから40年!」と言っていますが、信者であるわたしたちは、「あれから○○年!」と考え、自分と神さまとの関係を見直し手入れしていかなければなりません。

今日の福音は四旬節の起源となったイエスの40日の断食の話です。マタイは神の霊に導かれてイエスが荒野に行ったと書いています。最初の誘惑は飢えを満たすことでした。二番目の誘惑は、宣教の方法についてです。大雑把にいえば、都のエルサレムに行き人を驚かすような神業を示して人を惹きつけたらどうかという誘惑でした。三番目は、なんでも手っ取り早く繁栄を手に入れようとする誘惑でした。イエスはこれらの誘惑をいずれも申命記の言葉によって退け、独自の宣教方法を採りました。イエスは、自分のとるべき宣教の方法を40日間の厳しい生活の中で発見していきました。わたしたちはいろいろな誘惑に会います。誘惑は避けがたいものです。イエスは「誘惑に陥らないように目覚めて祈りなさい」と弟子たちに教え、主の祈りでは「わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください」と祈るように教えています。誘惑を退ける強い力をわたしたちは持っていません。ですから神の言葉に親しむこと、神の言葉を座右の銘にしておくことは大切です。昨日のニュースに、宅配大手のヤマト運輸が、インターネット通販の仕事が増え、深刻な人手不足になっているとありました。猫の手も借りたい状況のようです。教会は信者不足でガラガラなので羨ましく感じました。信者が増えて欲しいですね。